冬の王様

冬の王様1

 

 空気がぐっと冷え込み、徹底的な寒さが辺りを支配する季節の中に佇んでいる背の高い男がいました。漆黒の衣装を身にまとい、氷で作られた城に住んでいるその男は冬の王様と呼ばれていました。雪深い国の冬を管理する役目を担っていて、冬の間、国の人間たちや植物や動物を見守りながら、日誌をつけるのが日課です。

 王様は寡黙なひとでした。口元をいつも引き締めて、雪が降った日のような静けさを抱えていました。城にある光のカーテンが次々に色を変えながらお喋りしていても、黙って聞いていることが多かったので、きっと、命がはじける季節まで、体の中に力を蓄えているのだと城の住人は言っていました。

 しかし、王様は口数が少ないだけで、誰とも話さないと心に決めたひとではありませんでした。王様は光のカーテンたちの話をよく聞いて、彼らのお喋りの様子や色彩を楽しんでいましたし、話しかけられれば相槌を打ちました。

 そんな王様には特別仲の良い話し相手がいました。王様はその子のことを小さな友人と呼んでいました。彼女は雪の妖精で、城をよく訪ねては、雪原で見つけた動物の足跡や、人間の街で見た暖かな光のことなどについて話しました。

「王さま! 人間たちは火の近くに集まってなにをしているの?」

「寒さから身を守っているのだよ」

「体が溶けてしまわないの?」

「人間は私たちのようにはできていない。火に近づくと、心地よいと感じるんだ。特にこんな寒い季節にはね。寒さにやられると、心も体も凍えてしまう生き物なんだ」

「火の恩恵を受けているのね。人間って不思議ね、王さま。とっても不思議。私にはよくわからないわ。温度の高いもののそばにいると溶けてしまうもの。体にも心にも火が灯ることなんてあるのかしら」

 外では粉雪が舞っていました。生命が長い冬のために眠りにつき、木や地面が雪に覆われる頃になると、王様の友人はますます元気になり、白い野原を駆け回るのでした。

 王様は友人のことが好きでした。澄んだ瞳がぴかぴか光って、面白いものを見つけた、きれいな景色に出会ったというような、彼女の中で輝きを放っている思い出を分け与えようとする姿や、走り回るときに揺れる毛束や、すやすやと眠っているときにする体を丸める仕草などを眺めると、安らぎと奇妙なくすぶりを心に見いだすことができたのです。

 寒さが和らぎ、春が近づくと、雪の妖精は王様の膝の上で眠ることが多くなりました。城の光のカーテンはいつの間にか消えてしまい、城の中はすっかり静かになりました。外からは鳥のさえずりが聞こえ、植物たちは地面から顔を出して目覚め始めています。王様は、彼女を寝かしつけている自分の手が温かくなっていることに気づきました。

「王さま、もうすっかり暖かいね」

 雪の妖精は眠たげな声で言いました。

 王様は黙って友人の声に耳を傾けました。

「火がそばにあるみたい」

 王様は雪が降り積もっていた日々の中で話した人間たちの話を思い出しました。

「心に火は灯ったか」

 雪の妖精は瞼を上げ、穏やかな微笑みを浮かべました。

「次の季節でもまた遊ぼうね」

 王様は頷いて、彼女が透き通って消えていくのを見送りました。

 数日後、春の王様が冬の王様のもとにやってきました。寝癖なのか突風にでもあったのか、春の王様の髪はぐちゃぐちゃでした。優しげな桜色で染まっている着物を着た春の王様と今年の冬の話をしながら、冬の王様は雪の妖精のことを思い出していました。季節の引き継ぎをした後、冬の王様は彼女と同じように、次の冬がやってくるまで眠りにつきました。

 

冬の王様2

 

 ある雪深い国の冬をじっと眺めている男がいました。

 彼は冬の王様と呼ばれていました。口数が少なく、冬の静けさをまとったような人でした。氷でできた城に住んでいて、城の奥にある謁見の間に、いつもじっと座っているのでした。ときどき、雪原を駆け回る生き物の姿を見に行ったり、凍えるような寒さの中で炎がきちんと役割を果たしているのか確かめに出かけたりすることもありましたが、ひっそりと輝く冷たい氷や美しい色を纏うオーロラに囲まれていると心が落ち着いて、安らぎを見いだすことができたので、国中に広がる冬に耳を傾け、積もった雪の落ちる音や暖炉で燃える薪の音を聞きながら冬の管理を淡々とこなしていました。一日の終わりには夜空を眺めてから、執務室で冬の様子を日誌に書き込んで眠りにつきます。この城には王様以外にも、使用人やおしゃべり好きなオーロラが住んでいましたが、舞踏会もお茶会も開かれることはなく、大広間はいつも寂しげでがらんとしていました。

 けれども、冬が深まっていくと、王様を訪ねる者が現れました。城の氷の廊下を走る軽やかな足音が聞こえると、すぐに明るく元気な挨拶が飛び込んできます。

「こんにちは、王様。今日も一緒に遊ぼう!」

 王様のお友達がやってきました。幼い雪の妖精は期待のこもった目で王様を見上げます。

 王様は雪の妖精を見つめ返します。城に入ってくる前からずっと、彼女がざくざくと雪を踏みしめる音を聞いていました。

「今日はなにをして遊ぶんだ?」

「雪合戦!」

 王様は立ち上がり、友人の手をとりました。ぐいぐいと引っ張られながら、外に向かいます。喜びを顔にみなぎらせた友人を見ていると、嬉しさで胸が苦しくなりました。

 

 冬の王様は氷や雪を自由に扱うことができるため、雪合戦では負けなしでした。王様が念じれば大きい雪玉も簡単に出来上がります。わざわざ手で雪をすくって固める必要はなかったので、ぶつける準備はすぐに整います。雪の妖精に雪玉を作らせないよう、風を吹かせ、動きを止めることも容易に行うことができました。

 雪の妖精は王様に内緒で仲間たちを呼び集めて、数で対抗しようとしました。王様は感心したように友人とその仲間たちが作った雪玉が飛んでくるのを眺めていましたが、雪玉が自分の元へたどり着く前に白雪の壁を作り出し、べしゃりと雪玉の壊れる音を落ち着き払った様子で聞いていました。

 冬の王様は雪の大軍のことを思い出しました。冬の間にだけ現れる雪の軍は、王様の強力な味方でしたが、大きすぎる力ゆえに、人間たちに迷惑がられることもありました。雪の妖精は騎士団長に憧れていて、遊びの中でも自分の力をうまく扱えるようになろうと心がけているようでした。

 結局のところ、雪の妖精は勝利を収めることができませんでした。友人がぐずり始めたので、王様はぎょっとして、思わず後ずさりしました。もう遊ばないと言われてしまわないかと、ひどく恐れたのでした。友人にかけるどの言葉も上滑りしてしまっているような懸念から逃れられず、彼女の機嫌が直ってからも、王様はずっと不安と戦っていました。

 数日後、再び城に現れた友人の姿を見て、王様はひっそりと安堵のため息をつきました。

 

 王様と雪の妖精は外に出かけるだけでなく、城の中でもよく遊びました。氷の城を探検したり、一緒に本を読んだりして、互いに対話を少しずつ増やしていったのです。

 ある日、城を訪れていた雪の妖精が言いました。

「王様のことをもっと教えて」

 このとき、冬の王様は不意に熱い目眩に襲われて、うまく言葉を発することができず、呆然としながら、何度も息を詰まらせました。彼女の興味を駆り立てるものの一部に自分が加わったのだと、不思議な興奮を覚えたのです。感情の雪崩に胸が押しつぶされ、息苦しい思いをしましたが、ようやく、王様は静かに立ち上がりました。召使いにろうそくを持って来させ、それを受け取るとすぐに糸芯に触れました。すると、小さな火が現れました。このあたたかな揺らめきを見ながら、雪の妖精に話しかけました。

「冬は冷たく、寒さに支配されるが、あたたかさがそばにある季節だ。炎とは切っても切り離せない関係にある」

 私は炎も扱うことができるのだと王様が言うと、雪の妖精はろうそくの光をよく見ようと興味深げに顔を近づけましたが、その瞬間、熱風を浴びたような感覚を覚え、軽く目眩を起こし、よろけてしまいました。

 王様はろうそくの火を消してから、寄り添うようにして雪の妖精の額に唇を寄せ、冬の寒さを分け与えました。冬の王様の体は冷たく、ひんやりとしていて、凍えるような寒さを誰にでも分けることができます。みるみるうちに彼女の体温が下がっていきました。雪の妖精にとっては元気の源ともいえる冬がそこにはありました。

「王様、ありがとう。大好き」

「ああ……」

 頬を緩ませた友人の姿を見ると、心に花が咲いたような、とても幸せで満ち足りた気分に浸ることができました。ですが、王様は心の中に花を見つけると、ぐしゃぐしゃにして握りつぶしてしまいたくなる衝動に駆られることもあれば、小さな火にじりじりと焼かれているような感覚になすすべもなく耐え続けて、ひとりで寒空の下に立ちつくすこともありました。なるべく雪の妖精のことを思い出さないようにしようと決めた日もありましたが、降りしきる白を眺めていると、無意識のうちに彼女のことを考えていることに気づき、はたと我に返ってぶるりと頭を振りました。