世界征服に誘わないで

「誰も世界征服を成し遂げたことがないなんて嘘じゃん」と人間は言った。

「だって、世界は目に見えないところで支配されそうになっているんだからね」

 就寝前に交わす話題としてはやや物騒ではないか。俺は冷静さを取り戻すべく深く息を吸い込んだ。

「一体どうしたんだ?」

 俺は無理やり笑顔を作った。

「世界征服ってのはそう簡単に誰にでもできることじゃないぜ。ほら、この前読んだ絵本を覚えているかい? あの本に登場する悪役だって、最後はうまくいかなかっただろう」

「わかっているよ。でも、街中が噂で持ちきりなんだ」

 人間は眉根を寄せて、不安げに続けた。

「人間じゃ全く歯が立たない、とびきりやばい奴らがこの地球を支配しようとしているって……」

「噂だろう」

「でも、街の人たちによれば、世界征服はもうすぐだって。時間の問題だって言っているよ」

「その話を聞いて、怖くなったんだな?」俺はわざとらしくにっこりと笑う。毛布にくるまっている人間が黙ったままでいるのは、図星であることを隠したがっているためだろう。

「大丈夫。少なくとも、俺がそばにいる限りは絶対に手出しはさせない。君の言うとびきりやばい奴らが夢の中に現れたって追い払ってやるさ。だから、何も心配することはない。さあ、ゆっくりお休み……」

「世界征服 やめたい」と検索するようになったのはいつからだろう。最近では他にも検索ワードが増えた。「召喚されないためには」とパソコンに夜な夜な打ち込んで、暗闇の中で情報の明かりを浴びる。

 俺はこの人間のそばで安らかな眠りをひっそりと味わっていたい。柔らかな毛布に包まれた異生物の寝息を聞き、穏やかな寝顔を見守りながら、隣で一緒に眠りたい。世界征服を目論む者どもの争いに巻き込まれたくはない。世界征服支援信者からの呼び出しもごめんだ。確かに俺は人間からすれば強大な力を持った恐ろしい存在なのかもしれないが、放っておいてほしい。相手をするのも意外と堪える。やっと人間のフリも馴染んできたところだ。俺の言葉を信じて眠りにつくこの愛しき存在を怖がらせてはならない。

 俺はカーテンをそっとめくって、夜空に浮かぶ星々を眺める。ああ、今日も誰が支配者としてふさわしいかと争っている。俺は世界征服希望者ではないと何度も言っているのに、心変わりするかもしれないと奴らは疑っている。あなたこそ支配者としてふさわしいと世界征服支援信者は熱っぽく語る。やめてくれ、やめてくれ、世界征服の誘いはなしだ。俺は耳を塞いで眠る。この人間とともに眠りにつけば、二人だけの世界にたどり着けるはずなんだ。